ニューヨークからの報告3 青年交流会

ニューヨークからの報告3 青年交流会

  インド、スコットランド、イギリス、、、世界各国から青年があつまり、デモ行進のためのプラカードを作りました。「韻を踏んで強く訴える!」一緒に作りながら、それぞれの運動の話や教育の話をしました。終始にぎやかな雰囲気で交流することができました。

(大阪市教特別執行委員 中林真理子さん)

ニューヨークからの報告2 BAN THE BOMB 女性行進

ニューヨークからの報告2 BAN THE BOMB 女性行進

 豪雨の中、大勢の人が集まっていました。訴えたいことは、「核兵器廃絶」「平和」などみんな旗やオリジナルのプラカードをあげながらニューヨークの中心街を歩きました。口々に「BAN THE BOMB」(核兵器をなくせ)と声をあげ、自然にコールが生まれていました。PEACE ACTIONで、世界各国から集まる人々の心からの願い、叫びに、一緒に声をあげずにはいられませんでした。

(大阪市教特別執行委員 中林真理子さんからの報告)

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ニューヨークからの報告 核兵器禁止条約の国連会議行動

ニューヨークからの報告
核兵器禁止条約の国連会議行動

 大阪市教の特別執行委員の中林真理子さんが、核兵器禁止条約の国連会議(第2会期)・ニューヨーク行動代表団に参加しています。6月16日には、米平和団体・ニューヨーク州ピースアクションの青年と交流。翌17日には、「核兵器を禁止する女性行進」が行われました。

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アベすぎる 教科書が大阪市の中学生に

アベすぎる 教科書が大阪市の中学生に

  育鵬社 歴史・公民教科書 2016年4月から

育鵬教科書は戦争法の成立を次のように書いています。

「日本の安全保障体制が強化されました」

「国際平和への積極的貢献の範囲も広がりました」

戦争美化の教科書を子どもたちにわたさない大阪市民の会がビラを発行しました。

教科書市民の会 ビラ1面(画像PDF)

教科書市民の会 ビラ2面(画像PDF)

戦争美化し憲法改悪めざす教科書を大阪市の中学生にわたせない

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 このチラシのダウンロードはこちら(PDFファイル)

戦争美化し憲法改悪めざす教科書を大阪市の中学生にわたせない

安倍首相の写真が15枚 自民改憲案に類似、政府見解押しつけ

 来年度から4年間、中学校で使用される教科書が8月4日、11日開催予定の大阪市教育委員会で決定されます。日本の侵略の歴史をゆがめ、平和憲法を攻撃する育鵬社・自由社の中学校歴史・公民教科書の採択が狙われています。

 「戦争する国づくり」の戦争法案にいま、国民の批判が高まっていますが、戦争法を受け入れる「戦争する人づくり」の教科書を大阪市の中学生にわたすことはできません。

侵略戦争美化の中学校教科書採択を許すな

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教育のつどい案内のダウンロード(PDF)

子どもたちを戦場に送る戦争法 侵略戦争美化の教科書採択を許すな!

維新政治を一掃し、新しい大阪をつくろう

7・17教育守る市民のつどいを開催します。

  • 日時:7月17日(金)18時30分
  • 会場:大阪社会福祉指導センター(地下鉄谷町線谷町六丁目下車南へ)(地図はこちら)
  • 主催:7・17教育守る市民のつどい実行委員会(連絡先:大阪市教)
  • 協賛:子どもと教育・文化を守る大阪府民会議

◇内容

  • 教科書の採択をめぐって
    • 教科書ネットからの報告(予)
    • 市内・府下の取り組み
    • 行動提起
  • 橋下「維新」による教育破壊から新しい大阪の教育へ
  • 各団体、地域、会場からの発言

教育のつどい案内のダウンロード(PDF)

大阪市教委への団体要請書(PDF形式はこちら)(Word形式はこちら)

大阪市教委への個人署名

取り扱い団体「大阪市教」入りPDF形式)

取り扱い団体欄 空白 PDF形式)

取り扱い団体欄 空白 Word形式)

大阪市をよくする会のアピール(PDF)

大阪の戦争遺跡を訪ねて ~真田山陸軍墓地から大阪砲兵工廠へ~

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この案内のダウンロードはこちら(PDFファイル)

大阪市教 女性部 第20回平和の集い

大阪の戦争遺跡を訪ねて

 ~真田山陸軍墓地から大阪砲兵工廠へ~ 小松忠さんと歩く

日時 1月24日(土)

午前10時集合 JR玉造駅改札口 真田山陸軍墓地

午後2時集合 JR森ノ宮駅改札口 大阪砲兵工廠(大阪城)

 午前だけでも午後だけでも参加できます。大阪の戦争遺跡を訪ね、平和について考えましょう。組合員だけでなく、どなたでも参加できます。

原水爆禁止世界大会・広島 参加速報

 原水爆禁止2012年世界大会・広島の開会総会が8月4日、広島市で開かれました。参加している大阪市教青年部の報告です。

 4日初日は、6,000人を越える全体集会、1,000人を越える青年集会に参加しました。世界各地から参加される代表者からの挨拶や、福島で平和活動を頑張っている高校生のスピーチに感動をしました。「核兵器廃絶を」と草の根の運動が広がっていることを肌で感じることができました。
 2日目の今日は、動く分科会「碑めぐり」遺跡めぐりコースの分科会に参加しています。原爆投下される前の広島の穏やかな状況(といっても戦時中ですが)や、投下されてからの建物や人々の惨状を聞きながらまわりました。
 案内された方が小学校の教員だったのもあって、教師目線で語られる子どものことが日頃見てみる子どもが重なって、とても胸が苦しくなりました。こんな平和教育がしたいのに、大阪は…と。昨日の大教組の懇親会で聞きましたが、来年から修学旅行では広島に行くなという通達を出した市があったそうです。
 

原水爆禁止2011年世界大会・長崎報告②

8月8日9時54分:今日は映像の分科会に来ています。午前中、第五福竜丸の事件から、原水爆禁止大会、3000万署名が大国を動かしたことなどについての映像です。当時、アメリカ政府の発表を日本政府も支持したことが述べられています。

8月8日10時24分:一人の女性の新聞誌上への投書。それにある女性が誌上で交流。1954年核実験が繰り返されたことにより、放射能を含んだ雨が降り続く。⇒魚も食べられない。水も飲めない。女性たちによる署名活動が各地で自然発生的にスタート。初めは、署名に賛同しない人もいる。『沈黙は賛成を意味する。名前を書くことに意味がある』。杉並で27万の署名。署名活動の盛り上がりに、日米両政府は鎮静化を画策。米が日本に見舞金を贈ることで、一切、責任を追及しないことを飲み込ませた。当時、それでもアメリカは三ヶ月の間に15回の核実験をする。⇒女性たちの署名に男性が積極的に関わり始める。1955年8月6日3158万の署名が集まる。当時の成人の半分。世界からは6億の署名が集まる。2年後、国が原爆医療法を施行。1963年、部分的核実験禁止条約へとつながる。大気圏での核実験を禁止した。ある26歳の会社いんが第五福竜丸の保存を呼びかける。

8月8日10時49分:1,000隻以上際は被爆している。しかし、沈黙した。なぜなら、漁業組合ごと壊滅する恐怖。他の人に悪い病気がうつる。結婚等に影響するという恐怖があった。アメリカは、死の灰がふることを承知で、核実験を強行。もし、アメリカに核爆弾が落ちたらどのような影響を受けるのか、モニタリングをするために、日本や他の国にも事前に放射能量の測定を要請していた。福島はチェルノブイリの10分の1の放射能量。スリーマイルの約10倍にあたる。

8月8日11時42分:1954年 米水爆実験。柴田ひでとし日本テレビ重役。キーパーソン。アメリカ対ソビエトの核競争。アイゼンハワーウラン235を民間に転用することで軍縮へ。平和利用を呼びかける一方で、西側には核配備を進める。アメリカはUSISを虎ノ門に置き、原子力平和利用を推進する一方で、ソ連に対抗するため、秘密裏に実験を行う⇒第五福竜丸で実験の存在がばれる。アメリカの計画。柴田『日本は原爆アレルギーの最たる国。共産党の運動に利用された』と主張。正力松太郎の懐刀。原子力は両刃の剣。ダニエルワトソン。柴田は首相官邸と繋がっていた。テレビ局の重役がする提案ではなかった。日本に対する心理対策戦略、読売新聞の社主正力に近づく。日本の社会は新聞に影響をうける。昭和28年日本テレビ会談は第五福竜丸の事件前から行われていた。日本は原子力利用にうってつけの国。貧困の結果、共産化に進むことを懸念。原子力で国を豊かにし、アメリカ『飛び散った珊瑚礁の化学反応』と主張。アメリカは日本の政治動向を懸念。ソ連も国交回復し、日本をアメリカから引き離したい。柴田ワトソンジェネラルダイナミック社⇒原子力潜水艦。柴田ホプキンス連絡。元日原子力平和利用のキャンペーン、読売、日テレアメリカの民間使節団へ受け入れ体制を構築。アメリカは濃縮ウランを外交カードとしてアメリカの勢力を拡大した。昭和29年1月4日第五福竜丸200万ドルを払う。一週間後濃縮ウラン受け入れを求められる。外務省は公開せず。朝日新聞のスクープで公開される。柴田学術会議のメンバーの思想チェック。正力、衆議院に立候補、保守合同財界にはたらきかける。原子力の方が効率的。『原子力からでる灰も殺菌に利用できる』。日本では当時、電力不足。『毒は毒をもって制する』日本が変なことにならないようにとするアメリカの考え。第五福竜丸事件から一年後、ウラン受け入れ。半年後、正力、鳩山内閣の原子力担当大臣。