アベすぎる 教科書が大阪市の中学生に

アベすぎる 教科書が大阪市の中学生に

  育鵬社 歴史・公民教科書 2016年4月から

育鵬教科書は戦争法の成立を次のように書いています。

「日本の安全保障体制が強化されました」

「国際平和への積極的貢献の範囲も広がりました」

戦争美化の教科書を子どもたちにわたさない大阪市民の会がビラを発行しました。

教科書市民の会 ビラ1面(画像PDF)

教科書市民の会 ビラ2面(画像PDF)

戦争美化し憲法改悪めざす教科書を大阪市の中学生にわたせない

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 このチラシのダウンロードはこちら(PDFファイル)

戦争美化し憲法改悪めざす教科書を大阪市の中学生にわたせない

安倍首相の写真が15枚 自民改憲案に類似、政府見解押しつけ

 来年度から4年間、中学校で使用される教科書が8月4日、11日開催予定の大阪市教育委員会で決定されます。日本の侵略の歴史をゆがめ、平和憲法を攻撃する育鵬社・自由社の中学校歴史・公民教科書の採択が狙われています。

 「戦争する国づくり」の戦争法案にいま、国民の批判が高まっていますが、戦争法を受け入れる「戦争する人づくり」の教科書を大阪市の中学生にわたすことはできません。

侵略戦争美化の中学校教科書採択を許すな

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教育のつどい案内のダウンロード(PDF)

子どもたちを戦場に送る戦争法 侵略戦争美化の教科書採択を許すな!

維新政治を一掃し、新しい大阪をつくろう

7・17教育守る市民のつどいを開催します。

  • 日時:7月17日(金)18時30分
  • 会場:大阪社会福祉指導センター(地下鉄谷町線谷町六丁目下車南へ)(地図はこちら)
  • 主催:7・17教育守る市民のつどい実行委員会(連絡先:大阪市教)
  • 協賛:子どもと教育・文化を守る大阪府民会議

◇内容

  • 教科書の採択をめぐって
    • 教科書ネットからの報告(予)
    • 市内・府下の取り組み
    • 行動提起
  • 橋下「維新」による教育破壊から新しい大阪の教育へ
  • 各団体、地域、会場からの発言

教育のつどい案内のダウンロード(PDF)

大阪市教委への団体要請書(PDF形式はこちら)(Word形式はこちら)

大阪市教委への個人署名

取り扱い団体「大阪市教」入りPDF形式)

取り扱い団体欄 空白 PDF形式)

取り扱い団体欄 空白 Word形式)

大阪市をよくする会のアピール(PDF)

大阪の戦争遺跡を訪ねて ~真田山陸軍墓地から大阪砲兵工廠へ~

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この案内のダウンロードはこちら(PDFファイル)

大阪市教 女性部 第20回平和の集い

大阪の戦争遺跡を訪ねて

 ~真田山陸軍墓地から大阪砲兵工廠へ~ 小松忠さんと歩く

日時 1月24日(土)

午前10時集合 JR玉造駅改札口 真田山陸軍墓地

午後2時集合 JR森ノ宮駅改札口 大阪砲兵工廠(大阪城)

 午前だけでも午後だけでも参加できます。大阪の戦争遺跡を訪ね、平和について考えましょう。組合員だけでなく、どなたでも参加できます。

原水爆禁止世界大会・広島 参加速報

 原水爆禁止2012年世界大会・広島の開会総会が8月4日、広島市で開かれました。参加している大阪市教青年部の報告です。

 4日初日は、6,000人を越える全体集会、1,000人を越える青年集会に参加しました。世界各地から参加される代表者からの挨拶や、福島で平和活動を頑張っている高校生のスピーチに感動をしました。「核兵器廃絶を」と草の根の運動が広がっていることを肌で感じることができました。
 2日目の今日は、動く分科会「碑めぐり」遺跡めぐりコースの分科会に参加しています。原爆投下される前の広島の穏やかな状況(といっても戦時中ですが)や、投下されてからの建物や人々の惨状を聞きながらまわりました。
 案内された方が小学校の教員だったのもあって、教師目線で語られる子どものことが日頃見てみる子どもが重なって、とても胸が苦しくなりました。こんな平和教育がしたいのに、大阪は…と。昨日の大教組の懇親会で聞きましたが、来年から修学旅行では広島に行くなという通達を出した市があったそうです。
 

原水爆禁止2011年世界大会・長崎報告②

8月8日9時54分:今日は映像の分科会に来ています。午前中、第五福竜丸の事件から、原水爆禁止大会、3000万署名が大国を動かしたことなどについての映像です。当時、アメリカ政府の発表を日本政府も支持したことが述べられています。

8月8日10時24分:一人の女性の新聞誌上への投書。それにある女性が誌上で交流。1954年核実験が繰り返されたことにより、放射能を含んだ雨が降り続く。⇒魚も食べられない。水も飲めない。女性たちによる署名活動が各地で自然発生的にスタート。初めは、署名に賛同しない人もいる。『沈黙は賛成を意味する。名前を書くことに意味がある』。杉並で27万の署名。署名活動の盛り上がりに、日米両政府は鎮静化を画策。米が日本に見舞金を贈ることで、一切、責任を追及しないことを飲み込ませた。当時、それでもアメリカは三ヶ月の間に15回の核実験をする。⇒女性たちの署名に男性が積極的に関わり始める。1955年8月6日3158万の署名が集まる。当時の成人の半分。世界からは6億の署名が集まる。2年後、国が原爆医療法を施行。1963年、部分的核実験禁止条約へとつながる。大気圏での核実験を禁止した。ある26歳の会社いんが第五福竜丸の保存を呼びかける。

8月8日10時49分:1,000隻以上際は被爆している。しかし、沈黙した。なぜなら、漁業組合ごと壊滅する恐怖。他の人に悪い病気がうつる。結婚等に影響するという恐怖があった。アメリカは、死の灰がふることを承知で、核実験を強行。もし、アメリカに核爆弾が落ちたらどのような影響を受けるのか、モニタリングをするために、日本や他の国にも事前に放射能量の測定を要請していた。福島はチェルノブイリの10分の1の放射能量。スリーマイルの約10倍にあたる。

8月8日11時42分:1954年 米水爆実験。柴田ひでとし日本テレビ重役。キーパーソン。アメリカ対ソビエトの核競争。アイゼンハワーウラン235を民間に転用することで軍縮へ。平和利用を呼びかける一方で、西側には核配備を進める。アメリカはUSISを虎ノ門に置き、原子力平和利用を推進する一方で、ソ連に対抗するため、秘密裏に実験を行う⇒第五福竜丸で実験の存在がばれる。アメリカの計画。柴田『日本は原爆アレルギーの最たる国。共産党の運動に利用された』と主張。正力松太郎の懐刀。原子力は両刃の剣。ダニエルワトソン。柴田は首相官邸と繋がっていた。テレビ局の重役がする提案ではなかった。日本に対する心理対策戦略、読売新聞の社主正力に近づく。日本の社会は新聞に影響をうける。昭和28年日本テレビ会談は第五福竜丸の事件前から行われていた。日本は原子力利用にうってつけの国。貧困の結果、共産化に進むことを懸念。原子力で国を豊かにし、アメリカ『飛び散った珊瑚礁の化学反応』と主張。アメリカは日本の政治動向を懸念。ソ連も国交回復し、日本をアメリカから引き離したい。柴田ワトソンジェネラルダイナミック社⇒原子力潜水艦。柴田ホプキンス連絡。元日原子力平和利用のキャンペーン、読売、日テレアメリカの民間使節団へ受け入れ体制を構築。アメリカは濃縮ウランを外交カードとしてアメリカの勢力を拡大した。昭和29年1月4日第五福竜丸200万ドルを払う。一週間後濃縮ウラン受け入れを求められる。外務省は公開せず。朝日新聞のスクープで公開される。柴田学術会議のメンバーの思想チェック。正力、衆議院に立候補、保守合同財界にはたらきかける。原子力の方が効率的。『原子力からでる灰も殺菌に利用できる』。日本では当時、電力不足。『毒は毒をもって制する』日本が変なことにならないようにとするアメリカの考え。第五福竜丸事件から一年後、ウラン受け入れ。半年後、正力、鳩山内閣の原子力担当大臣。

原水爆禁止2011年世界大会・長崎報告③

8月8日18時05分 教職員平和のつどいに参加して

 福島の双葉高校の先生の報告です。遅いことに一ヶ月経ってからサテライト校ができた。教師や、教室が不足している。授業確保ができず、10時間くらい自習になってしまう。体育館をパネルで区切って授業をするが、隣から声が聞こえる。
 部活や特別活動ができない。野外で部活していても内部被爆しているのではないかという不安。

 着の身着のまま生徒と共に避難したまま、生活圏内にもどれなくなった先生たちも多いそうです。生徒のために、寄り添っていこうとご自分の生活もある中で一生懸命されているのに、七月の末に人事異動をされて八月から別の学校に行かされるということを聞き、教育委員会に憤りを覚えました。

原水爆禁止2011年世界大会・長崎報告①

原水爆禁止2011年世界大会・長崎に、大阪市教の組合員が3人参加しています。現地からの報告を随時掲載します。

8月7日14時40分

ただいま、長崎の公会堂(会場)に到着しました。

8月7日15時54分

すべての都道府県から代表が参加。
●長崎市長挨拶。核兵器は使われないという神話は世界を思考停止にした。
● 南相馬市長からのメッセージ(代読)原発に依存しない社会を求める。

 8月7日17時29分

  日本共産党志位和夫委員長のあいさつの要旨は次の通り。(1)国連総会、核兵器廃絶決議支持国は133カ国に増えた。日本政府が未だに棄権していることが信じられない。すみやかに参加することを求める。(2)平和市長会議の参加が増えた。(3)今年二月に、国際署名が力強く開始。草の根の運動を進めることが重要。
核兵器廃絶運動と、原発ゼロの運動の一致点はそれぞれであるが。  しかし、この二つの運動は『核による被害者を二度と出してはならない』を共通軸に連帯して進めていくことができる。

ニューヨーク国際行動参加の報告(2)

(5月3日ニューヨーク発)現地の速報ニュースから。高草木博日本原水協事務局長が昼のスピーチで署名700万、代表団1500人にどよめきと満場の拍手。10万人メーデーに原水協代表団が歴史的連帯参加。全労連小松副議長の挨拶に大拍手。メトロポリタン美術館前やタイムズスクエア前で署名400以上集める。原爆パネルに見入るニューヨーカーなどとても熱いです。

(5月4日ニューヨーク発)午前はコロンビアサークル前で神奈川から来た新婦人の方と一緒に署名行動をしました。すでにしたと答える人も何人もいました。3日間で3時間弱、80筆集めることができました。午後は教職員のつどいに参加しました。マーシャル諸島から来たアバッカさんの話を聞いた後、生徒がピースグループを作り、積極的に署名を集めた話等交流がありました。あっという間の3日間でしたが、とても充実して過ごしました。

ニューヨーク国際行動参加の大阪市教Aさんからのメール

 「核兵器のない世界を」-5月3日から始まる核不拡散条約(NPT)再検討会議前日の2日、核兵器廃絶にむけ世界的な世論と運動を強めようと、国際行動デーが取り組まれました。大阪代表団150人とともに参加した大阪市教のAさんからメールが届きました。

(5月2日ニューヨーク発)タイムズスクウェア前で署名活動した後、今集会。署名も快くしてくれる人もあり、演説はするの?パレードは何時から?と感心の高い人も。たくさんの人でいっぱいです。集会もパレードも人、人、人。プラカードやコスチュームで盛り上げる人、だんじり囃子で励ます人、賑やかです。途中アメリカの人が楽器演奏で励ましてくれました。最後は国連広場に署名を積み上げて行動が終わりました。

(5月3日ニューヨーク発)今日は昼からグランドセントラル駅前で署名活動をしました。首を横にふり断る人もいますが進んで署名してくれる人も多くいました。親指を立て応援の気持ちを伝える人もいて心強かったです。その後、国連の見学に行くとちょうど取材の最中で長崎市長の表明等を聞く事ができました。国連の会議場は見られませんでしたが、説明を聞きながら見学できました。