子どもの権利・NGO大阪が大阪市長の発言による学校園の混乱を解決し子ども達の発達・学ぶ権利の保障を求め声明

2021年6月3日に「子どもの権利・NGO大阪(代表委員 石井郁子 長尾ゆり 丹羽徹 前田美子 柚木健一 渡辺和恵)が声明を発表しました。

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松井一郎大阪市長の「オンライン授業」発言による大阪市立学校園の混乱を解決し、すべての子どもたちの成長発達や学ぶ権利の保障、安心・安全な学校教育を求める声明

はじめに

 当団体は「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」の理念にのっとり、同条約の普及・実行及びそれに付随する活動を行う団体である。4月19日の松井市長発言に端を発した「オンライン授業」をめぐる混乱は、国連子どもの権利条約並びに国連子どもの権利委員会勧告に照らして、看過できない重要問題をはらんでいる。「子どもの権利・NGO大阪」は、大阪市の教育現場の困難と混乱を解決し、すべての子どもの権利が守られる施策がとられることを強く求め、この声明を発表する。

1.松井市長の「オンライン授業」発言が生み出した教育現場の混乱による一番の被害者は子どもたちである。

 本年4月以降、新型コロナウイルスの感染が再拡大し、大阪府をはじめとする自治体が政府に対して緊急事態宣言の発出を求める中、4月19日に松井一郎大阪市長が記者会見で「緊急事態宣言中は原則オンラインで授業する」と発表した。教育委員会との協議も行わないままに決定し発表したことは、多大な困難と混乱を引き起こすこととなった。

 同月22日付けで大阪市教育委員会は市長の「指示」を追認し、市立小中学校に対して「1・2時限目を家庭でICT活用やプリント学習、3時限目から登校し、給食を食べ、5・6時限目は家庭で学習」との通知を行った。

 同月25日に緊急事態宣言が発出され、翌26日から各学校においてオンライン等での自宅学習が開始されたが、実態は、とても「オンライン授業」と言えるものではなく、学校現場は混乱を極め、子どもや保護者、教職員・学校に大きな負担がかかった。

 なお、「オンライン授業」については、文部科学省が授業時数として認めていないことも判明し、授業時数確保のために、行事や夏休みが削られるのではないかと不安を広げている。

 このような市長の独断による教育介入は、地方教育行政法違反であり、違法と言わざるをえない。

 また、ⅠCT教育については、競争教育の助長、教育格差の広がり、教育産業へのビッグデータ(個人情報)の提供など問題点も懸念される中、ネット環境やインフラ整備が不十分なまま、「オンライン授業」を強行した市長の責任は大きい。

2.木川南小学校長の「提言」は、大阪市の教育の問題点を明らかにし、根本的な教育のあり方を問うものであり、賛同する

 大阪市立木川南小学校長・久保校長は、「豊かな学校文化を取り戻し、学びあう学校にするために」として、市の教育行政への「提言書」を松井市長に実名で送った。松井市長は、久保校長の「提言」に対して「社会の現場がわかってない。今の時代子供たちは競争する社会の中で生き抜いていかなければならない」とマスコミに発言したが、国連子どもの権利条約と子どもの権利委員会からの勧告内容に照らしても、校長の提言の方がはるかに子どもたちや学校の抱えている問題に向き合い、本来の教育とは何かを真剣に問うものとなっている。評価主義の弊害や、教職員の身体的・精神的疲弊など、現場で実態を見ているからこそ、この「提言」が出せたと言える。

 久保校長は、「提言」のなかで、今回の事態について、子どもにとっての「最善の利益」が考慮されずに「結局、子どもの安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況を生み出していることに、胸をかきむしられる思いである」と、子どものことを一番に考える教育者としての苦しみを吐露している。

 5月20日に開催された大阪市議会教育子ども委員会では久保校長に対する懲戒処分の議論も出ているが、子どもと学校を何より大切に思う校長にどのような処分を下すというのだろうか。自由な意見表明を制限することは、憲法が保障する言論の自由に反する。また、上からの指示を押し付けるだけでは、教育をどう良くしていくかの議論もできない。校長がものを言えない学校や社会では、教職員もものを言えなくなり、ひいては、子どもたちの口も封じられてしまう。

 地方教育行政法に違反し、教育への介入をおこなった市長に「処分」する権限はないし、そもそも学校長に対する人事権はない。よもや、校長の意見表明に対して何らかの処分が下されることなどないであろう。しかし、万が一、処分があった場合には強く抗議するとともに、教職員の自由な意見表明を保障することを求める。

3.「競争教育」については国連子どもの権利委員会から再三にわたり勧告を受けている

 木川南小学校長は、「提言」のなかで、「人材という『商品』を作り出す工場と化している」学校の状況を厳しく批判し、「競争」教育の見直しを求めている。その見解と立場は、国連子どもの権利委員会の勧告とまさに一致している。つまり、「提言」は、子どもの権利についての国際水準であり、世界的常識であるということである。

 日本政府は1994年に子どもの権利条約を批准し、最初は2年以内に、その後は5年ごとに国連に報告する義務を負っている。その報告に関して、国連子どもの権利委員会からこれまでに4回の勧告(最終所見)が出されている。その中でも「競争教育」については、毎回「懸念」が表明されている。以下のとおりである。

 第1回勧告(1998年6月)

(パラ22):過度に競争的な教育制度によるストレスにさらされ、かつ、その結果として余暇、身体的活動および休息を欠くにいたっており、子どもが発達のゆがみをきたしていることを懸念する。

(パラ43):本委員会は、貴国における過度に競争的な教育制度、および、それが子どもの身体的および精神的健康に与えている否定的な影響に鑑み~過度なストレスおよび学校嫌いを防止し、かつ、それらを生みだす教育制度と闘うための適切な措置を取るよう貴国に勧告する。
 

 第2回勧告(2004年1月)

(パラ49):本委員会は以下のことを懸念する。a)教育制度の過度に競争的な性格が子どもの肉体的および精神的な健康に否定的な影響をおよぼし、かつ、子どもが最大限可能なまでに発達することを妨げていること。

 第3回勧告(2010年6月)

(パラ70):高度に競争主義的な学校環境が、就学年齢にある子どもの間のいじめ、精神的障害、不登校・登校拒否、中退及び自殺の原因となることを懸念する。

 第4・5回勧告(2019年3月)

(パラ39):本委員会は~以下のことを勧告する。(b)あまりにも競争的な制度を含むストレスフルな学校環境から子どもを解放することを目的とする措置を強化すること。
 (※文中の「~」は中略)

4.いま、子どもたちの意見を聴くことこそが求められている

 子どもの権利条約第12条(意見表明権)は、「児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する」と明記している。また、子どもの権利委員会は勧告で「家庭、裁判所、行政機関、施設、学校において、また政策の制定および運用に関して、子どもに影響を与えるすべての事柄について、子どもの意見の尊重および子どもの参加を促進し、また、子どもがこの権利を確実に認識できるようにすること」を日本政府に求めている。

 昨年の全国一斉休校もそうだったが、「トップダウン」で物事が動いていき、当事者の声は聴かれることがない。大阪市の「オンライン授業」についても、保護者は学校からの連絡ではなく、「テレビのニュースを見て知った」のである。子どもたちは、コロナ感染拡大の下、運動会や修学旅行など子どもが主役の行事についても、意見を聞かれることもなく、「中止になった」などと結果だけを押しつけられてきたことが多い。まずは当事者である子どもの思いや意見を聴いてほしい。また、保護者や教職員の意見も聴き取り、学校運営や教育に活かす必要がある。

 緊急事態宣言下で意見を聴くことができず実施する場合においても、すべての子どもたちに、年齢に応じたきめ細やかな説明を行うべきである。また、事後には、子どもたちの思いを聴取し、その方針がどうだったのか、調査・検証を行っていただきたい。

5.最後に

 当団体は、松井市長の「オンライン授業」発言が生み出した大阪市の学校現場におけるさまざまな混乱を直ちに解決することを求める。当事者である子ども、保護者、教職員の声を聴き、子どもの最善の利益を考慮し、子どもの命と安全を守り、学ぶ権利を保障するための施策をおこなうことを求める。そして、特にコロナ禍においては、子どもの権利条約の理念にのっとり、現在行われている過度に競争主義的な教育を見直し、すべての子どもたちの成長発達や学ぶ権利を保障し、安心・安全な学校教育を実現するために、力を合わせることをよびかける。

2021年6月3日

子どもの権利・NGO大阪         
代表委員 石井郁子 長尾ゆり 丹羽徹
前田美子 柚木健一 渡辺和恵
運営委員一同